k:実は俺、山に行っていたからバブルというものを知らないの。ワンレンボディコン(笑)。当時は企業もお金があったからから、俺のような登山家の一人や二人を面倒みることくらいどうってことなかったと思う。時代が良かったね。でも自分で営業活動をしてスポンサーも見つけた。それでその中のメインスポンサーがナチハマだった。
※ �螢淵船魯沺�兵庫県にあるがんこ本舗のクロス・ブラシ・フキン類の製造元。
ms:なるほどー。そういう繋がりだったのかぁ。
k:ナチハマの当時の専務が同じ山岳会に所属していて、彼は自然保護活動のほうをやっていたんだけど、山岳会のリーダーが彼を紹介してくれて、それでスポンサーになってもらった。
m:その頃からナチハマは今と同じゴム製品を扱っていたんですか?
k:そうだね。それからもう25年のお付き合いかな。その頃から石けんを減らせるそういう製品があるのはいいなと思っていた。
m:当時のエコに対する意識はどういったものだったのでしょうか?
k:関西では公害問題が広がっていて、それに対する提案としていろいろな活動があった。ナチハマは洗剤を減らすという考えではなく、洗剤を一切使わない商品を提案していた。俺は、ちょっとだけ石けんつけて洗えば一番良く落ちるのになぁっていつも思っていたね。
がんこ本舗のはじまり
k:がんこ本舗の前身は奈良で92年に立ち上げた『生命と暮らし社』。ちょうど登山家を引退してすぐだったかな。それにしても『生命と暮らし社』ってすごいネーミングでしょ。重い(笑)
オリジナルダンボールまで作って、展示会の時に車にダンボールを積んでいる様子を客観的に見たときに、あっ!これはやめとこうって思った。何か別の団体と間違われる(笑)翌年、友人と一緒に出資して「有限会社ライフ&ライフ社」に社名変更した。
m:当時はクロスやタオルなどがメインでしたよね。今の「海へ…」の基材に出会ったきっかけは?
k:ナチハマの良い商品があっても洗濯まではできない事は最初から分かっていたから、これは何か開発しなきゃとは考えていた。37歳から洗剤の研究は始めていたかな。ちなみにこの頃に一番売れていた「がんこクロス」にあやかって「有限会社がんこ本舗」に再び社名変更をした。
k:そんなある日、「海洋タンカーの原油流出事故処理に使った基材を使ってみませんか」というDMが届いた。それが「海へ…」の基材、つまりヤナギ研究所(現在のがんこ本舗の洗剤の工場)との出会いだった。それから試作を重ねて2000年にはれて「海へ…」を発売して、それからはフリーマーケットなどで地道に売上を伸ばしていった。
m:販売はフリーマーケットのみだったのですか?
k:フリマがメインではあったけれど、いろいろな出会いがあって、小売店さんに卸したりもしていた。フリマでいつも買ってくれていた人が、実は新聞記者で後に記事してくれたり、いろいろな人が「海へ…」の宣伝に貢献してくれた。特に新聞や生協関連からの反響はすごかったよ。
m:合成洗剤で生協の会員さんの支持を集めるのはなかなか大変なことだと思います。きむちんは環境コーディネイターとして活動していた時期(’92-‘99)もありますが、その時は石けんを推奨していましたよね。
k:そう、がんこ本舗と並行して個人で木村正宏事務所として村おこしコンサルティングをしていた頃は石けんを推奨していた。でも石けんは難水溶性で生分解にとても時間がかかることを知った。石けんに代わるもので、生分解性がいいものであれば原料が石油系であろうが植物系であろうがあまり大きな意味を持たないじゃないかと考えた。
ワクワクすることが続けば続くほど楽しい
s:石けんから合成洗剤に考えを切り替えることに抵抗はなかったですか? これも言うほどそう簡単なことではないと思うのですが・・・。
k:そうかな。今までの自分とは違う新しいことや考えに出会うってものすごく嬉しいし興奮しない?その興奮をずっと感じ続けていたい。ワクワクすることが続けば続くほど楽しい。昨日と同じ日常がずっと続くとしたら、どうやって生きていけばいいかわからない(笑)
s:がんこ本舗のHPには「地球規模で考えよう」というページがありますが、これもある意味とてもシンプルなメッセージですよね。
k:例えばアフリカのことで言えば、年間で約300万人が5才未満で飢えで亡くなっている。事故や流行病あわせると800万人。実に4秒に1人というとんでもない数字だよ。それに対して何かしたいと思わない?って子供たちに聞いたら皆んなしたいって言うと思うよ。そういう、人として実に素直な気持ちを大切にしたいと思っている。だから娘と話をするときも『その気持ちを忘れるなよ』って常に伝えてる。
m:大人になるにつれて素直な気持ちより、もっと現実的な何かがどうしても勝ってしまう場合がありますよね。昔は幼心にも、親に対して「絶対こうしたほうがいいのに何でそうしないんだろう」って純粋に思うことは度々あった気がします。
k:俺もあったよ、親の矛盾。世間にあわせたりするのに耐えられなかった。そのとき友達と誓ったのは『絶対に大人になんかならない!』ってこと。でも約束を守ったのは俺だけだった(笑)子供の甘えみたいなのはもちろんないけど、あの時大人に対して思った憤りは忘れたくないな。